理念哲学講義録  天川貴之

真善美聖の「理念哲学」の核心を、様々な哲学的テーマに基づいて、わかりやすく講義したものです。

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(6)

〔注解的続編〕(6) 金銭欲については、現代社会においては、貨幣経済となっているが故に、地上的なる欲望の対象が金銭そのものになることが多い。 しかし、金銭そのものに価値があるかといえば、そうではない。金銭を通して何をせんとしているのかが大切…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(5)

〔注解的続編〕(5) 地位欲についてであるが、地上における地位は、必ずしも、心の高下や理性の顕現度合いに応じているとは限らない。 故に、たとえ首相の地位にある方であっても、その心が低く、理性を充分に顕現しておられなかったとすれば、心を常によ…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(4)

〔注解的続編〕(4) 名声欲についてであるが、誰しも本能的に、自分が認められたいという欲求をもっている。それ故に、名声欲も自然な欲求の一つといえよう。 しかし、過度の名声欲は、人を正しい道から外れさせることが多い。歴史を振り返ってみても、同…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(3)

〔注解的続編〕(3) ④ 物欲については、例えば、家であるとか、土地であるとか、衣装であるとか、車であるとか、宝石であるとか、過度に物に執われて生きることに問題があるといえる。 現代程、物質面において豊かになった時代も珍しいが、逆に、現代程、…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(2)          天川貴之

〔注解的続編〕(2) ③ 性欲についてであるが、性欲の根源にあるものは、大自然の摂理であり、自然なものは肯定されるべきであり、全面否定することが真のストイシズムではない。 ただし、性の欲求というものは、フロイトがすべての人類の営みの根底にある…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(1)          天川貴之

〔注解的続編〕(1) ① 快楽にも様々なものがあるが、本文では、主として食欲、性欲、物欲、名声欲、地位欲、金銭欲等が挙げられている。 これらの欲は、ただ単に断てばよいというものではなくて、理性に基づいて、妥当な方向に統御してゆくことが、真のス…

第3章「快楽と幸福について」第6節          天川貴之

第六節 哲人の使命について 数多くの方々は、理性に目覚めることなく、快楽の濁流に流されながら生きている。苦しみの生を生きている。苦しみとは自覚せずに、緩慢なる生命の自殺を行っている。 快楽の華やかな明るさは、楽しそうな騒がしさは、実は偽りであ…

第3章「快楽と幸福について」第5節          天川貴之

第5節 最高の理性的幸福について では、理性的幸福とはどのようなものであろうか。私は、理性的幸福の追求とは、真の追求、善の追求、美の追求、聖の追求に要約できると考えている。 まず、真の追求、哲理の追求は、人間の心を飛翔させ、理法の世界の悦びを…

第3章「快楽と幸福について」第4節          天川貴之

第4節 快楽と幸福について 自らの心の本質を知ろうと思えば、まず自らの理性を磨いていくことである。理性を磨けば磨く程に、真実の世界が観えてくる。ありのままの真実がわかってくるのである。その時に、快楽と幸福とは別物であるということがわかってく…

第3章「快楽と幸福について」第3節          天川貴之

第3節 理性の目覚めについて ここに、理性が目覚めかけた一人の青年がいるとしよう。彼は、社会通念に則って、友人達と様々な快楽を共にするとしよう。しかし、彼は、常に心の中に葛藤と疑問を抱くはずである。「本当にこんなことをしていていいのであろう…

第3章「快楽と幸福について」第2節          天川貴之

第2節 快楽と苦について しかし、よくよく自分達の内なる理性の声に耳を傾けてほしい。理性の声とは、母なる大自然の声でもある。 理性の声はこう言うであろう。「あなたは本当には幸福ではない。あなたの真実なる心は、むしろ苦しんでいるのだ。大自然の摂…

第3章「快楽と幸福について」第1節          天川貴之

第1節 快楽の追求について 快楽と幸福について述べてゆきたい。 快楽をもって人生の幸福となしている人々は多い。しかし、快楽は本当に人間を幸福に導くのであろうか。 快楽として人々が思い浮かべるものは、例えば、食欲であるとか、性欲であるとか、五官…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(5)

【注解的続編】(5) ⑰ 本論文では、超越的実在と人間が共に運命を創ってゆくことが述べられているが、それは、理性と自由意志を有している点で同質存在であると述べているだけである。一方では、超越的存在と人間とでは、理性の顕現度合いの差や、自由意志…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(4)

⑬ 本論文では、理性的存在者は自由意志を有していると論じられているが、理性と自由意志との関係については、まだまだ探究の余地があるといえよう。 特に、理性を源とする自由意志が、なぜ自己本性である理性に従わずに、理性と対極にある所の煩悩に惑わされ…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(3)

【注解的続編】(3) ⑧ 相対的運命論、すなわち自由意志肯定論の立場は、道徳的な哲学思想から導かれることが多い。何故なら、道徳的善を行うためには、自由意志による自律が大切であるからである。 代表的な哲学として、ストア哲学とカント哲学を挙げてお…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(2)

【注解的続編】(2) ⑤ 絶対的運命論という観点からいえば、古代ギリシャにおいては、かかる思想が優勢であったといえよう。その代表的作品の一つが、本論文の冒頭でとりあげたソフォクレスの『オイディプス王』である。 そもそも戯曲というものは、作者が…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(1)   

【注解的続編】(1) ① 本論文における哲学用語としての「超越的実在」は、宗教用語としては造物主(神)の概念にほぼ相当する。それは、大宇宙を統べる叡智であり、理性そのものであり、善そのものである存在である。 ② 人間は、理性を有している点で超越…

第2章「運命と自由意志について」第6節(2)    天川貴之

一方、本来、理性を有するにもかかわらず、世界に悪と見えしものが数多く創造されているのは、ある意味では、人間に自由意志がある証拠であるが、人間独自の罪であるといえよう。 しかし、理性的人間は、本来理性に向かうように、「かくあるべし」の本性を有…

第2章「運命と自由意志について」第6節(1)    天川貴之

ところで、人間の運命というものは、どの程度決定されているのであろうか。その際に大切になるのは、個人個人が宿している理念に、どれ程忠実に自己実現できたかということが大きいのである。 また、精進によって、理念をより一層顕現させてゆけばゆく程に、…

第2章「運命と自由意志について」第5節    天川貴之

第5節 真なる自由意志とは このように、理性的存在者には自由意志が与えられているとすると、人間の真なる自由とはどういうことなのであろうか。 人間は、如何なる時に自由を感ずることができるのであろうか。人間が真に自由を感ずる時というのは、ただ単に…

第2章「運命と自由意志について」第4節    天川貴之

第4節 相対的運命論について そこで、第二の自由意志肯定論、すなわち、相対的運命論について検討してゆきたいと思う。 自由意志否定論では、現象界の万物の必然性から、人間の精神の必然性を導いてきたが、人間の精神の存在する世界とは、現象界ではないの…

第2章「運命と自由意志について」第3節(2)  天川貴之

第3節 自由意志の存在根拠について(2) 故に、超越的実在の意志の下に、本来悪は存在しないのである。本来善のみが世界の本質なのである。しかし、人間の自由意志の迷いの結果、悪が生じているのである。 また、人間に自由意志があるからこそ、悪の結果と…

第2章「運命と自由意志について」第3節(1)

第3節 自由意志の存在根拠について(1) しかし、超越的実在の意志のみが世界に顕れているとなると、この世の中の様々な悪とみえしものも、超越的実在があえて創られているものとなる。しかし、究極の善である超越的実在の属性に悪があるというのは、どう…

第2章「運命と自由意志について」第2節

第2節 絶対的運命論について まず、第一の自由意志否定論、すなわち、絶対的運命論について検討してゆきたいと思う。 大自然、大宇宙の動きを眺めてみると、すべては法則によって統べられ、必然的な因果関係の中に動いているといえるのである。その背後には…

第2章「運命と自由意志について」第1節

第1節 人間の運命について 運命と自由意志について論じてゆきたい。 運命の問題というものは、古今東西を通して、人間が探究してきた重要な課題である。従って、人生の真理を追究していくにあたって、どうしても避けてはならない問題であるように思うのであ…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(5)

【注解的続編】(5) ⑩ 本論文で述べる「実在」(理念)とは、絶対者のことである。これを、哲学的には「真理」、道徳的には「善」、芸術的には「美」、宗教的には「聖」と呼んでいるのである。 そして、「実在」(理念)とは、本来、真理そのものであり、…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(4)

【注解的続編】(4) ⑨ 人間の内なる「永遠なるもの」が外に創造として顕現すると、同じく永遠なるものとなる。 プラトンが認識された真理は永遠なるものであるが故に、今日に到るまで永遠の生命を保ちつづけている。 それは、同時代にあった数多くの著作物…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(3)

【注解的続編】(3) ⑦ 本論文では、仏教の三法印のうち、「諸行無常」の真理が中心に述べられていたが、その背後には、「諸法無我」の真理もあるといえよう。 「物質は本来ない」「肉体は本来ない」「心は本来ない」という真理は、あらゆる実体とみえた「…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(2)

【注解的続編】(2) ④ 本論文では、人間の内なる実在性を証明するために、独自の認識論を用いている。 かつてプラトンは、感覚によって認識されるのは現象のみであり、理性によって認識されるのはイデアであると述べられているが、その背景にあるのは、認…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(1)

【注解的続編】(1) ① 「心は本来ない」ということをこの論文では強調しているが、「真善美聖」など の実在(理念)が心の深奥なる部分にあるという考え方もある。 すなわち、実在(理念)は、心の本源なる光の源、いわば太陽のようなものであり、ここから…