理念哲学講義録  天川貴之

真善美聖の「理念哲学」の核心を、様々な哲学的テーマに基づいて、わかりやすく講義したものです。

第4章「存在と実在について」第6節(1)    天川貴之

第6節 心の内奥なるイデアを顕現せよ(1) 心の内奥には、あらゆるものがある。すなわち、地上のありとしあらゆるものの原型が、心の内奥にはあるのである。その意味で、地上のありとしあらゆるものは、心の世界の影であるともいえるのである。 心の内奥の…

第4章「存在と実在について」第5節(2)    天川貴之

第5節 イデアの属性としての崇高なる感情について(2) さらに、天上的な大欲に目覚めてきた時に、不思議と、今まで小欲の対象であると疎まれてきた物、金銭、名誉、地位、異性など、すべてのものの本質が観えてくるようになるのである。 それらは、実は、…

第4章「存在と実在について」第5節(1)    天川貴之

第5節 イデアの属性としての崇高なる感情について(1) さて、この真実在たるイデアの属性として、愛と夢と情熱などの崇高なる感情について洞察してみたいと思う。 これらの感情もまた、真に実在性を帯びて認識し、実感できるためには、この世的欲望から自…

第4章「存在と実在について」第4節  天川貴之

第4節 イデアの認識について さらに、第三段階として、この内奥にある所のイデアを認識するという段階がある。この世的なるものが、すべて夢幻の如く観えてきた時に初めて、その奥に、真なる実在であると思えるものが認識されてくる。 それはあたかも、今ま…

第4章「存在と実在について」第3節  天川貴之

第3節 無執着の認識について 第二段階として、我々の地上的なる欲望を統御して、地上的なる執われから自由になった段階である。ストア哲学の意図する所も、地上的な欲望から精神を解放することであって、それこそが、真なる幸福の道であるといわれているの…

第4章「存在と実在について」第2節  天川貴之 

第2節 通常の認識について まず、第一段階としては、我々の通常の存在の認識である。 我々は、地上的なものに執われた認識をしている。 例えば、まず何よりも物質に執われ、この世的なる存在が全てであるかのような世界観に執われ、また、地上的な欲望とし…

第4章「存在と実在について」第1節  天川貴之 

第1節 本当に「有るもの」について 存在と実在について述べてゆきたい。 存在とは有るものである。しかし、プラトンの時代から、本当に「有るもの」といえるものは何かという問いが発されつづけているのである。 通常の我々の意識においては、地上世界にお…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(9)

〔注解的続編〕(9) ① 本論文の中で、「大自然の摂理にかえれ」という言葉がでてくるが、この考え方はストア哲学にもあるが、近代のルソーの説えた「自然にかえれ」という考え方と本質的に一致する。 ルソーは、パリの社交界において最大の寵児であったが…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(8)

〔注解的続編〕(8) ① 「快楽が苦である」という見解は、仏教の中に流れている思想と相通ずるものがある。仏教では、人生について、「一切皆苦」といわれている。ここでいう人生とは、悟りのない「迷いの人生」のことである。すなわち、悟りによって解脱し…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(7)

〔注解的続編〕(7) 快楽としては、他に、酒やタバコや大声で騒ぎたてることが一緒になっている遊びに多くの人々があけくれている。 しかし、それも節度を超すと、人生を誤りやすい。何故なら、酒もタバコも、理性の目覚めを妨げ、あえて理性にふたをする…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(6)

〔注解的続編〕(6) 金銭欲については、現代社会においては、貨幣経済となっているが故に、地上的なる欲望の対象が金銭そのものになることが多い。 しかし、金銭そのものに価値があるかといえば、そうではない。金銭を通して何をせんとしているのかが大切…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(5)

〔注解的続編〕(5) 地位欲についてであるが、地上における地位は、必ずしも、心の高下や理性の顕現度合いに応じているとは限らない。 故に、たとえ首相の地位にある方であっても、その心が低く、理性を充分に顕現しておられなかったとすれば、心を常によ…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(4)

〔注解的続編〕(4) 名声欲についてであるが、誰しも本能的に、自分が認められたいという欲求をもっている。それ故に、名声欲も自然な欲求の一つといえよう。 しかし、過度の名声欲は、人を正しい道から外れさせることが多い。歴史を振り返ってみても、同…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(3)

〔注解的続編〕(3) ④ 物欲については、例えば、家であるとか、土地であるとか、衣装であるとか、車であるとか、宝石であるとか、過度に物に執われて生きることに問題があるといえる。 現代程、物質面において豊かになった時代も珍しいが、逆に、現代程、…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(2)          天川貴之

〔注解的続編〕(2) ③ 性欲についてであるが、性欲の根源にあるものは、大自然の摂理であり、自然なものは肯定されるべきであり、全面否定することが真のストイシズムではない。 ただし、性の欲求というものは、フロイトがすべての人類の営みの根底にある…

第3章「快楽と幸福について」〔注解的続編〕(1)          天川貴之

〔注解的続編〕(1) ① 快楽にも様々なものがあるが、本文では、主として食欲、性欲、物欲、名声欲、地位欲、金銭欲等が挙げられている。 これらの欲は、ただ単に断てばよいというものではなくて、理性に基づいて、妥当な方向に統御してゆくことが、真のス…

第3章「快楽と幸福について」第6節          天川貴之

第六節 哲人の使命について 数多くの方々は、理性に目覚めることなく、快楽の濁流に流されながら生きている。苦しみの生を生きている。苦しみとは自覚せずに、緩慢なる生命の自殺を行っている。 快楽の華やかな明るさは、楽しそうな騒がしさは、実は偽りであ…

第3章「快楽と幸福について」第5節          天川貴之

第5節 最高の理性的幸福について では、理性的幸福とはどのようなものであろうか。私は、理性的幸福の追求とは、真の追求、善の追求、美の追求、聖の追求に要約できると考えている。 まず、真の追求、哲理の追求は、人間の心を飛翔させ、理法の世界の悦びを…

第3章「快楽と幸福について」第4節          天川貴之

第4節 快楽と幸福について 自らの心の本質を知ろうと思えば、まず自らの理性を磨いていくことである。理性を磨けば磨く程に、真実の世界が観えてくる。ありのままの真実がわかってくるのである。その時に、快楽と幸福とは別物であるということがわかってく…

第3章「快楽と幸福について」第3節          天川貴之

第3節 理性の目覚めについて ここに、理性が目覚めかけた一人の青年がいるとしよう。彼は、社会通念に則って、友人達と様々な快楽を共にするとしよう。しかし、彼は、常に心の中に葛藤と疑問を抱くはずである。「本当にこんなことをしていていいのであろう…

第3章「快楽と幸福について」第2節          天川貴之

第2節 快楽と苦について しかし、よくよく自分達の内なる理性の声に耳を傾けてほしい。理性の声とは、母なる大自然の声でもある。 理性の声はこう言うであろう。「あなたは本当には幸福ではない。あなたの真実なる心は、むしろ苦しんでいるのだ。大自然の摂…

第3章「快楽と幸福について」第1節          天川貴之

第1節 快楽の追求について 快楽と幸福について述べてゆきたい。 快楽をもって人生の幸福となしている人々は多い。しかし、快楽は本当に人間を幸福に導くのであろうか。 快楽として人々が思い浮かべるものは、例えば、食欲であるとか、性欲であるとか、五官…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(5)

【注解的続編】(5) ⑰ 本論文では、超越的実在と人間が共に運命を創ってゆくことが述べられているが、それは、理性と自由意志を有している点で同質存在であると述べているだけである。一方では、超越的存在と人間とでは、理性の顕現度合いの差や、自由意志…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(4)

⑬ 本論文では、理性的存在者は自由意志を有していると論じられているが、理性と自由意志との関係については、まだまだ探究の余地があるといえよう。 特に、理性を源とする自由意志が、なぜ自己本性である理性に従わずに、理性と対極にある所の煩悩に惑わされ…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(3)

【注解的続編】(3) ⑧ 相対的運命論、すなわち自由意志肯定論の立場は、道徳的な哲学思想から導かれることが多い。何故なら、道徳的善を行うためには、自由意志による自律が大切であるからである。 代表的な哲学として、ストア哲学とカント哲学を挙げてお…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(2)

【注解的続編】(2) ⑤ 絶対的運命論という観点からいえば、古代ギリシャにおいては、かかる思想が優勢であったといえよう。その代表的作品の一つが、本論文の冒頭でとりあげたソフォクレスの『オイディプス王』である。 そもそも戯曲というものは、作者が…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(1)   

【注解的続編】(1) ① 本論文における哲学用語としての「超越的実在」は、宗教用語としては造物主(神)の概念にほぼ相当する。それは、大宇宙を統べる叡智であり、理性そのものであり、善そのものである存在である。 ② 人間は、理性を有している点で超越…

第2章「運命と自由意志について」第6節(2)    天川貴之

一方、本来、理性を有するにもかかわらず、世界に悪と見えしものが数多く創造されているのは、ある意味では、人間に自由意志がある証拠であるが、人間独自の罪であるといえよう。 しかし、理性的人間は、本来理性に向かうように、「かくあるべし」の本性を有…

第2章「運命と自由意志について」第6節(1)    天川貴之

ところで、人間の運命というものは、どの程度決定されているのであろうか。その際に大切になるのは、個人個人が宿している理念に、どれ程忠実に自己実現できたかということが大きいのである。 また、精進によって、理念をより一層顕現させてゆけばゆく程に、…

第2章「運命と自由意志について」第5節    天川貴之

第5節 真なる自由意志とは このように、理性的存在者には自由意志が与えられているとすると、人間の真なる自由とはどういうことなのであろうか。 人間は、如何なる時に自由を感ずることができるのであろうか。人間が真に自由を感ずる時というのは、ただ単に…