理念哲学講義録  天川貴之

真善美聖の「理念哲学」の核心を、様々な哲学的テーマに基づいて、わかりやすく講義したものです。

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(4)

⑬ 本論文では、理性的存在者は自由意志を有していると論じられているが、理性と自由意志との関係については、まだまだ探究の余地があるといえよう。 特に、理性を源とする自由意志が、なぜ自己本性である理性に従わずに、理性と対極にある所の煩悩に惑わされ…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(3)

【注解的続編】(3) ⑧ 相対的運命論、すなわち自由意志肯定論の立場は、道徳的な哲学思想から導かれることが多い。何故なら、道徳的善を行うためには、自由意志による自律が大切であるからである。 代表的な哲学として、ストア哲学とカント哲学を挙げてお…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(2)

【注解的続編】(2) ⑤ 絶対的運命論という観点からいえば、古代ギリシャにおいては、かかる思想が優勢であったといえよう。その代表的作品の一つが、本論文の冒頭でとりあげたソフォクレスの『オイディプス王』である。 そもそも戯曲というものは、作者が…

第2章「運命と自由意志について」【注解的続編】(1)   

【注解的続編】(1) ① 本論文における哲学用語としての「超越的実在」は、宗教用語としては造物主(神)の概念にほぼ相当する。それは、大宇宙を統べる叡智であり、理性そのものであり、善そのものである存在である。 ② 人間は、理性を有している点で超越…

第2章「運命と自由意志について」第6節(2)    天川貴之

一方、本来、理性を有するにもかかわらず、世界に悪と見えしものが数多く創造されているのは、ある意味では、人間に自由意志がある証拠であるが、人間独自の罪であるといえよう。 しかし、理性的人間は、本来理性に向かうように、「かくあるべし」の本性を有…

第2章「運命と自由意志について」第6節(1)    天川貴之

ところで、人間の運命というものは、どの程度決定されているのであろうか。その際に大切になるのは、個人個人が宿している理念に、どれ程忠実に自己実現できたかということが大きいのである。 また、精進によって、理念をより一層顕現させてゆけばゆく程に、…

第2章「運命と自由意志について」第5節    天川貴之

第5節 真なる自由意志とは このように、理性的存在者には自由意志が与えられているとすると、人間の真なる自由とはどういうことなのであろうか。 人間は、如何なる時に自由を感ずることができるのであろうか。人間が真に自由を感ずる時というのは、ただ単に…

第2章「運命と自由意志について」第4節    天川貴之

第4節 相対的運命論について そこで、第二の自由意志肯定論、すなわち、相対的運命論について検討してゆきたいと思う。 自由意志否定論では、現象界の万物の必然性から、人間の精神の必然性を導いてきたが、人間の精神の存在する世界とは、現象界ではないの…

第2章「運命と自由意志について」第3節(2)  天川貴之

第3節 自由意志の存在根拠について(2) 故に、超越的実在の意志の下に、本来悪は存在しないのである。本来善のみが世界の本質なのである。しかし、人間の自由意志の迷いの結果、悪が生じているのである。 また、人間に自由意志があるからこそ、悪の結果と…

第2章「運命と自由意志について」第3節(1)

第3節 自由意志の存在根拠について(1) しかし、超越的実在の意志のみが世界に顕れているとなると、この世の中の様々な悪とみえしものも、超越的実在があえて創られているものとなる。しかし、究極の善である超越的実在の属性に悪があるというのは、どう…

第2章「運命と自由意志について」第2節

第2節 絶対的運命論について まず、第一の自由意志否定論、すなわち、絶対的運命論について検討してゆきたいと思う。 大自然、大宇宙の動きを眺めてみると、すべては法則によって統べられ、必然的な因果関係の中に動いているといえるのである。その背後には…

第2章「運命と自由意志について」第1節

第1節 人間の運命について 運命と自由意志について論じてゆきたい。 運命の問題というものは、古今東西を通して、人間が探究してきた重要な課題である。従って、人生の真理を追究していくにあたって、どうしても避けてはならない問題であるように思うのであ…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(5)

【注解的続編】(5) ⑩ 本論文で述べる「実在」(理念)とは、絶対者のことである。これを、哲学的には「真理」、道徳的には「善」、芸術的には「美」、宗教的には「聖」と呼んでいるのである。 そして、「実在」(理念)とは、本来、真理そのものであり、…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(4)

【注解的続編】(4) ⑨ 人間の内なる「永遠なるもの」が外に創造として顕現すると、同じく永遠なるものとなる。 プラトンが認識された真理は永遠なるものであるが故に、今日に到るまで永遠の生命を保ちつづけている。 それは、同時代にあった数多くの著作物…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(3)

【注解的続編】(3) ⑦ 本論文では、仏教の三法印のうち、「諸行無常」の真理が中心に述べられていたが、その背後には、「諸法無我」の真理もあるといえよう。 「物質は本来ない」「肉体は本来ない」「心は本来ない」という真理は、あらゆる実体とみえた「…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(2)

【注解的続編】(2) ④ 本論文では、人間の内なる実在性を証明するために、独自の認識論を用いている。 かつてプラトンは、感覚によって認識されるのは現象のみであり、理性によって認識されるのはイデアであると述べられているが、その背景にあるのは、認…

第1章「無常と永遠について」【注解的続編】(1)

【注解的続編】(1) ① 「心は本来ない」ということをこの論文では強調しているが、「真善美聖」など の実在(理念)が心の深奥なる部分にあるという考え方もある。 すなわち、実在(理念)は、心の本源なる光の源、いわば太陽のようなものであり、ここから…

第1章「無常と永遠について」第6節

第6節 究極の使命について 真なるもの、善なるもの、美なるもの、聖なるものの究極にあるのは、絶対者そのものであり、創造の根源そのものである。創造の根源は、単なる無ではない。それは、絶対なる無である。絶対なる根源なのである。それは、生命である…

第1章「無常と永遠について」 第5節

第5節 永遠なる実在について このように、人間の内奥を深く深く掘り下げてゆくと、永遠なる真理、永遠なる善の法則、永遠なる美、永遠なる聖なる神性が実在することがわかるのである。 すなわち、人間とは、肉体と心において無常であるが、その本源に永遠な…

第1章「無常と永遠について」 第4節

第4節 真善美聖と人間について 例えば、真の追求において、代表的なるものは哲学であろう。哲学の使命は、真理の探求にある。真理とは、永遠不変なるものである。それは、決して無常なるものではない。 人間は、自らが無常なる存在であるにもかかわらず、こ…

第1章「無常と永遠について」 第3節

第3節 永遠への憧れについて では、肉体と心が無常であり、本来ないものであるとすると、人間の存在とは仮象にすぎず、実在とは言えないのではないかと考えられてくる。 実在とは、無常を越えた永遠の存在である。しかし、この永遠なるものに、人間は古今東…

第1章「無常と永遠について」 第2節

第2節 人間と無常について それでは、地上に生きる人間自身はどうであろうか。肉体は、物質と同じく無常である。誕生して後、成長し、そして徐々に老い、そして死する存在である。肉体もまた、無常の大河の中で、無から生まれて、無に帰する存在である。す…

第1章「無常と永遠について」 第1節

第1節 万物と無常について 無常と永遠について論じてゆきたい。副題は、人間の使命ということである。 無常について考えてみるに、これほど人生にとって本質的な真理はないであろうと思われるものである。しかし、多くの方々は、無常なるものを無常なるもの…

『理念哲学講義録』 はじめに  天川貴之

『理念哲学講義録』 はじめに 哲学とは、叡智を探究してゆくことである。そして同時に、自らの心の内に叡智の結晶を育んでゆくことでもある。一人一人の心の奥底には、無限の叡智が内在されているのである。しかし、それは、開拓してゆかないと本来の叡智と…