理念哲学講義録  天川貴之

真善美聖の「理念哲学」の核心を、様々な哲学的テーマに基づいて、わかりやすく講義したものです。

第6章「厭世観と楽天観について」〔注解的続編〕(2)

 【注解的続編】(2)

 

⑤  楽天観の代表であるエマソンは、よくエマソンの本質を知らない人々から、人生の不幸や苦悩をあまり体験しなかった方であると思われがちである。これは、楽天観を持つ人々について一般的にいえることであろう。

 しかし、実際にエマソンの伝記を読んでみると、決してそうではない。彼も人並みに、人生の不幸や苦悩を味わっているのである。

 しかし、彼は、思想の力で、不幸や苦しみといえるものから脱し、光輝く理念の世界、光明の世界に住むことができたのである。

 本論文に即して述べれば、彼は、決して単純肯定の楽天家ではなく、絶対肯定の楽天家であったのである。

 

⑥  北村透谷は、エマソンについて深い洞察をもっていたらしい。

 彼の「エマソン論」によると、「エマソンの幸福なる生涯は、彼をして、人生の痛恨悲哀を味あわしむることなかりし、涙の谷は彼に取りて他人なり、彼は誘惑の世を離るること遠し、彼は罪悪の行はるるところを距たること遙かなり」と述べている。

 しかし、エマソンの人生が幸福であった根本理由として、次のような文が続くのである。「知識に入るは易し、知識を出るは難し、バイロンは、知識に入って之を出づるに難しかりしもの、自ら白状して知識の毒刺を詛えり、斯くの如く、東西古今の秀才英物の多数は迷えり。この苦悩に駆られて、人心の肺肝より溢れ出る一種の呼吸を、厭世の思想といふ。この苦悩を脱し、更に自らの命を知り、自らの性を明らかにするもの、之を呼んで、楽天の思想という。」

 

⑦  北村透谷のいうように、エマソンも、知識に入って、求道の苦悩を透過して、知識より出て、楽天思想に到っているのである。

 

⑧  エマソンの「自己信頼」のエセーは、自己の内に絶対者を観る思想であり、かけがえのない唯一無二の個性的理念を観るものである。このことを、透谷は「自らの命を知り、自らの性を明らかにするもの」といっているのであろう。

 ここまで自己認識ができるようになると、本論文にも述べたように、人生の光輝く理念、世界の光輝く理念が観じられるようになり、この世に生きながら、光明荘厳たる天国に生きることができるのである。

 

(つづく)