第7章「知識と叡智について」(5)
第5節 知恵の本質について
第二に、知恵についてであるが、この段階においては、思索によって把握している段階であり、概念の内実を真に認識しえている深い内奥なる知であるといえよう。
かかる知に到るためには、心の開拓、精神の開拓が必要であり、内なる知恵の光が、外なる知恵の光を照らし出しているといえるのである。
この段階では、物事の本質がよく観えているので、思想として世に問うても充分な生産性をもつ段階であるといえよう。
有名な哲学者、思想家、学者の引用もあるが、それらを材料として、自分自身の思想を主体としている。そして、その表現は明瞭で、確固たる調子であり、全体として心に深く響くものである。
この知性の特徴は、物事を統合的に思考し、全体的、総合的に探求してゆく性格が強く、そのため、枝葉と幹の区別がはっきりとしていて、中心理念をよく押さえていることが多い。
知恵の段階に到ると、その知が生産性をもち始めると同時に、無私なる人々への奉仕の気持ちが強くなってくる。そして、人々の役に立つ実践的哲学が著作されることが多いのも特徴である。
過去の偉人でいえば、例えば、セネカ、エピクテトス、マルクス=アウレリウス、ヒルティ、パスカル、アランなどの実践哲学は、知恵の結晶であるといえる。
現代に生きておられる知識人は数多いが、その中で、知恵の段階まで到達している方は数少ないと思われる。しかし、こうした方を人生の師となし、積極的に学んでゆかなければならない。
(つづく)